裁判例から学ぶ。押さえるべきポイントを紹介! 「賃貸店舗の漏水事故」

はじめに
建物の漏水事故は、その原因が外観からは分かりにくいこともあり、突然発生し、一度発生すると賃借人等に対する被害が重大になることも珍しくありません。賃貸物件の所有者や賃貸管理業者の方々は、日頃から漏水事故については注意をされているかと思います。
今回は、コラムの第1回目ですので、漏水事故が発生した場合に賃借人等からどのような法律構成により請求がなされるのかについて、実際の裁判例を元に検討しようと思います。
【事案】
賃貸店舗の漏水事故について、賃借人が、賃貸人に対し、損害賠償請求と、賃料減額請求権行使を前提とする不当利得返還請求の両方を行った事案【参照裁判例:東京地判令和3年1月7日(平成30年(ワ)17628号)】
ポイント①
賃貸店舗の漏水事故により被害が生じた場合、賃借人は賃貸人に対して、どういった法律構成により、損害賠償を請求することができるか。
1 法律構成
漏水事故が発生して賃借人に被害が生じた場合に、賃借人が賃貸人(建物所有者)に対して損害賠償を請求する法律構成としては、賃貸借契約(民法601条)の債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)や、建物所有者の工作物責任に基づく損害賠償請求(民法717条1項但書)などが考えられます。
2 賃貸借契約に基づく債務不履行責任
本裁判例の事案は、1階の店舗のエアコン室外機置き場から水漏れが発生し、原告らが賃借する地下1階の店舗に被害が生じたというものでした。原告らは、原告らの賃借部分に被害が生じたにもかかわらず、賃貸人である被告が修繕を行わないとして、賃貸借契約に基づく修繕義務違反を主張しました。
本裁判例では、上記修繕義務違反に基づく損害賠償請求の一部が認められました。
3 建物所有者の工作物責任
「土地の工作物」に当たる建物内設備の「設置又は保存に瑕疵」があることによって他人に損害が生じた場合において、当該設備の占有者に過失が認められないときは、当該設備の所有者は、被害者に対して無過失責任を負います(民法717条1項但書)。「瑕疵」とは、土地の工作物が通常備えているべき性状、設備、すなわち安全性を欠いていることを言います。
本裁判例では、漏水事故の原因について、①エアコン室外機置き場の架台(防水パン)に錆びが生じて穴が開いた結果、通常の排水ルート以外である同穴から水が漏れ出し、コンクリートスラブを通じて当該貸室のキッチン天井部分に漏水を生じさせたものであると認定するとともに、②外壁の問題も影響していたものと推認できるとして、これらは「瑕疵」に当たると判断されました。
そして、裁判所は、漏水を発生させた1階の賃借人が当該設備の占有者に当たるとしても、同賃借人は漏水事故について必要な注意をしていたとして、所有者である賃貸人に対して、工作物責任に基づく損害賠償請求を認めました。
ポイント②
賃貸店舗で漏水事故が発生した場合において、賃借人は賃貸人に対して賃料の減額を主張することができるか。
1 法律構成
賃貸店舗で漏水事故が発生して、賃借部分の一部を使用することができなくなった場合において、当該漏水事故が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、使用することができなくなった部分の割合に応じて賃料は減額されます(民法611条1項)。
2 本裁判例における判断
本裁判例では、賃借人から賃貸人に対して、使用収益の一部不能による賃料減額請求権(改正前民法611条1項類推適用)の行使を前提に、既払賃料について不当利得返還請求がなされました。
これに対し、裁判所は、漏水事故によって、賃借人は、その賃借部分の一部を使用することができなくなったと認定した上で、給排水設備工事等は、改正前民法606条により修繕義務に含まれるとして、使用収益の一部不能による賃料減額を認め、既払の一部賃料について不当利得返還請求を認めました。
おわりに
本裁判例からも分かるとおり、賃借人が賃貸人(所有者)に対して漏水事故によって生じた損失の回復を請求する場合は、複数の法律構成が考えられます。ただし、適切な法律構成は事案により異なりますので、漏水事故により被害を受けた場合は、ご自身で即断するのではなく、弁護士や建築物の専門家などに相談しながら、事案に沿った適切な法律構成を選択することが重要です。
九帆堂法律事務所
弁護士 原田 宜彦
首都大学東京(現 東京都立大学)法科大学院修了
著作:『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集-相続編-』(共著)他
講演:(公社)東京共同住宅協会主催 「第11回土地活用プランナー養成講座」(2020年8月)他
以上