裁判例から学ぶ。押さえるべきポイントを紹介! 「雨漏りが原因! 明渡請求はどうなる」

はじめに
今回紹介する裁判例は、賃貸人が賃料滞納を理由に賃貸借契約を解除し、建物の明渡しを求めたところ、賃借人が、建物に雨漏りが発生したとして、賃料減額や修繕義務違反に基づく損害賠償請求権との相殺等を主張し、賃貸借契約の解除は認められないと反論したという事案です。
以下では、本裁判例において、賃借人から主張された法律構成について確認した上で、賃貸借契約の債務不履行解除の可否に関して当事者から主張された事情及びこれに対する裁判所の判断を紹介します。
【事案及び判示事項】
賃貸人である原告が、賃借人である被告会社に対し、賃料滞納の債務不履行を理由に賃貸借契約を無催告解除し、目的不動産の明渡しと賃料相当損害金の支払を請求するとともに、被告会社及び連帯保証人である被告代表者に対し、未払賃料等の請求をしたところ、被告会社から雨漏りによる賃料減額、修繕義務違反に基づく損害賠償請求権等との相殺などが主張された事案において、裁判所は、原告の修繕義務違反による物品損害の一部のみを認め、相殺後の未払賃料請求を認容したが、賃料未払に至る経緯などから被告会社の背信性を否定し、明渡請求等を棄却した【参照裁判例:東京地判平成28年8月9日(平成27年(ワ)第3734号)】。
ポイント①
賃料不払を正当化するために被告会社から主張された法律構成について
1 はじめに
本裁判例では、原告は、賃料滞納を理由に賃貸借契約を解除し、被告会社に対して建物等の明渡しを求めました。これに対し、被告会社は、雨漏りを理由に賃料不払いを正当化しましたが、その法律構成はどういったものだったのでしょうか。以下では、本裁判例において、被告会社から主張された法律構成の一部を紹介します。
2 賃料減額請求(改正前民法611条1項類推適用)を前提とする法律構成
被告会社は、雨漏りにより建物の一部が使用不能になったことから、賃料の一部が不発生であり、また、既払賃料について不当利得返還請求権が発生しており、同請求権と賃料債権とを相殺すると主張しました。
 なお、本裁判例は改正前民法の事例ですが、改正後の民法では、滅失以外の理由により賃借物が使用及び収益できなくなった場合においても賃料減額が認められることが明文化されるとともに、一部滅失等の場合には、請求を待たずに当然に賃料が減額されることが規定されました(民法611条1項)。
3 修繕義務違反による損害賠償請求等との相殺
被告会社は、雨漏りに関して、原告が賃貸借契約に基づく修繕義務を怠り、これにより損害が生じたとして、損害賠償請求権と賃料債権とを相殺する と主張しました。
4 本裁判例における判断
本裁判例では、被告会社による上記主張のうち、上記2の賃料減額請求については、雨漏りによって本件貸室の使用が不能になったとはいえないとして認められませんでした。また、修繕義務違反による損害賠償請求については、物品損害の一部のみが認められました。
 被告会社は、賃料減額請求や損害賠償請求権との相殺等により賃料債権が存在しないなどと主張していましたが、上記のとおり、結局、物品損害の一部のみしか認められませんでした。そのため、賃料支払債務の遅滞は認められるとして、下記(ポイント②)のとおり、債務不履行解除(無催告解除)の可否について判断されることになりました。
ポイント②
債務不履行解除(無催告解除)の可否に関して当事者から主張された事情
1 無催告解除
建物賃貸借契約を解除するには、原則として、相当期間を定めて履行の催告をしなければなりません(民法541条)。ただし、無催告解除の特約がある場合において、「契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情」(最判昭和43年11月21日最高裁判所民事判例集22巻12号2741頁)、すなわち賃借人の背信性があるときは、催告なしで契約を解除することができます。
2 無催告解除の可否に関する当事者の主張
本裁判例では、賃貸借契約上に無催告解除特約が定められていたところ、原告は、5か月分の賃料等(合計145万2158円)が滞納されていることなどを理由に、無催告解除が認められるべきであると主張しました。
 これに対し、被告会社は、雨漏りを原因とする賃料減額及び修繕義務違反に基づく損害賠償請求権等との相殺によって、賃料不払は存在しないか極めて少額に留まる上、賃料不払に至る経緯には、原告が雨漏りに対する対応を怠ったことなどがあったとして、本件では信頼関係が破壊されておらず無催告解除は認められないと反論しました。
3 本裁判例における判断
裁判所は、雨漏りに対する原告の対応やこれに関する原告の説明が十分に果たされていなかったことからして、被告会社が賃料の支払を拒否すると考えることにも一定の理由あったとしました。また、被告会社が賃料債権と損害賠償請求権等との相殺を主張している中で、原告が催告することなく被告らの預金を仮差押えして、解除通知を行っていることは、性急に過ぎるとしました。その上で、被告代表者が本件貸室において妻や子供4人と同居しており、今後とも賃料を支払い本件貸室で居住することを強く希望していることなどからすれば、被告会社において背信性があったといえず、無催告解除は認められないと判断しました。
おわりに
以上のとおり、賃料滞納により建物明渡請求において、賃借人から、雨漏りを原因とする賃料減額や賃料債権と損害賠償請求権等との相殺によって、そもそも賃料滞納は存在しないと反論されることがあります。こうした場合、解除の可否を判断するにあたって、賃料減額や損害賠償請求などについても判断しなければならないため、法律関係が複雑になります。
 本裁判例は、あくまで事例判断ではありますが、賃貸借契約の債務不履行解除の可否を判断するに当たって雨漏りに関する事情がどのように評価されたのかが分かるため、参考になると思います。また、雨漏りによる賃料減額や損害賠償請求は、賃貸経営や賃貸管理に携わる皆様にとっては関心の高い分野であると思います。これらについては、今回のコラムでは、紙幅の関係で詳しく解説できておりませんので、次回以降にメインテーマとして取り上げる予定です。
九帆堂法律事務所
弁護士 原田 宜彦
首都大学東京(現 東京都立大学)法科大学院修了
著作:『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集-相続編-』(共著)他
講演:(公社)東京共同住宅協会主催 「第11回土地活用プランナー養成講座」(2020年8月)他
以上