民法大改正の今後の影響を裁判例から読み解く~雨漏りによる賃料返還請求について~
はじめに
賃貸借契約において民法は極めて重要です。民法は、120年ぶりに大改正がされ、原則として、施行日である2020年4月1日後に結ばれた賃貸借契約には、改正後の民法が適用されることになりました。今後は改正後民法に基づいて判断される場面が増えることになります。
そこで今回は、改正前民法の裁判例を題材としつつ、改正民法による影響にも触れたいと思います。
【事案】
美容院を経営する借主が、入居物件の貸主に対し、賃借当初から雨漏りが発生し、経営に多大な影響を受けたなどとし、改正前民法611条の類推適用に基づいた賃料減額請求として過払賃料の返還の請求等をした事案。【参考裁判例:平成25年(ワ)第16109号】
ポイント①
すでに支払った賃料について、賃料の減額を主張して返還請求することができるか。
すでに支払った賃料について、賃料の減額を主張して返還請求することができるか。
1 請求の内容
借主は賃貸借契約に基づき、貸主に賃料を支払わなければなりません。
これに対し本件の裁判例の借主は、改正前民法611条の類推適用に基づき、賃料の減額を請求しました。そして、同条による賃料減額請求は、賃借物の一部が滅失したときから減額されるべきであるから、支払った賃料について、雨漏りが生じた時点から、払いすぎた部分を返還するべきと主張しました。
これに対し本件の裁判例の借主は、改正前民法611条の類推適用に基づき、賃料の減額を請求しました。そして、同条による賃料減額請求は、賃借物の一部が滅失したときから減額されるべきであるから、支払った賃料について、雨漏りが生じた時点から、払いすぎた部分を返還するべきと主張しました。
2 裁判所の判断
裁判所は、提出された証拠から、本件物件には、本件賃貸借契約を結んだ当時から雨漏りがあったと認められる、と判断しました。一方で、改正前民法611条は借主が賃料減額の意思を貸主に伝えることなく支払った賃料についてまで遡って貸主の賃料を受領する権限がなかったとはしない、と判断しました。
具体的には、雨漏りがあったと認定される本件賃貸借契約締結当時からではなく、借主が貸主に対して雨漏りを理由に賃料を減額すべきである旨を述べたと認定できる時から、本件物件に雨漏りがあったとすれば減額されたであろう賃料額について賃料の減額を請求することができると判断しました。
具体的には、雨漏りがあったと認定される本件賃貸借契約締結当時からではなく、借主が貸主に対して雨漏りを理由に賃料を減額すべきである旨を述べたと認定できる時から、本件物件に雨漏りがあったとすれば減額されたであろう賃料額について賃料の減額を請求することができると判断しました。
3 改正による影響
民法改正で関連条項が変更されています。
改正前民法611条1項は、賃借物の一部が、借主の過失によらないで滅失したときは、借主はその滅失した部分の割合に応じて、賃料の「減額を請求することができる」旨定めていました。
改正後民法611条1項は、賃借物の一部が、賃借人の責めに帰することができない事由で、滅失に限らず、使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃料はその使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、「減額される」旨定めています。
こうした改正により、すでに支払った賃料の減額による返還請求についてどのような影響があるのかは、本コラム執筆時点でははっきりせず、裁判例の蓄積が待たれるところです。
本裁判例において裁判所は、改正前民法の「減額を請求することができる」という文言を考慮要素の一つにしています。この点を重視すると、改正後民法の「減額される」という文言からは、借主による請求がなくても、借主の責めに帰することができない事由により一部の滅失、使用及び収益をすることができなくなったと認められる場合には、当然に賃料が減額されることとなると考えられるため、減額された賃料の返還を認める方向に傾きます。
一方で、裁判所は、借主が賃借物の一部滅失の事実を認識した後も何も言わずに長期間約束の賃料を支払い続けたのに、後になって611条に基づき賃料の減額を請求して返還を求めることを認めると、貸主がいつ賃料の返還を求められるかわからない不安定な状態に置かれてしまうことも考慮要素として挙げました。何も言わずに減額前の賃料が払われていたのに、突然611条に基づき払いすぎた賃料を返還するよう請求できるとすると貸主はいつ賃料の返還を求められるかわからない、という点は、改正によっても変わらないと考えられるため、返還を認めない方向に傾きます。
事情ごとに必要な予防策も異なることから個別の判断が必要ですが、一つの例として、貸主としては、契約の際、建物に修繕が必要となった場合には速やかに通知をすることを具体的な義務として定め、この義務に違反したときは賃料の減額を請求できない、といった特約を定めることで、紛争を予防することが考えられます。
改正前民法611条1項は、賃借物の一部が、借主の過失によらないで滅失したときは、借主はその滅失した部分の割合に応じて、賃料の「減額を請求することができる」旨定めていました。
改正後民法611条1項は、賃借物の一部が、賃借人の責めに帰することができない事由で、滅失に限らず、使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃料はその使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、「減額される」旨定めています。
こうした改正により、すでに支払った賃料の減額による返還請求についてどのような影響があるのかは、本コラム執筆時点でははっきりせず、裁判例の蓄積が待たれるところです。
本裁判例において裁判所は、改正前民法の「減額を請求することができる」という文言を考慮要素の一つにしています。この点を重視すると、改正後民法の「減額される」という文言からは、借主による請求がなくても、借主の責めに帰することができない事由により一部の滅失、使用及び収益をすることができなくなったと認められる場合には、当然に賃料が減額されることとなると考えられるため、減額された賃料の返還を認める方向に傾きます。
一方で、裁判所は、借主が賃借物の一部滅失の事実を認識した後も何も言わずに長期間約束の賃料を支払い続けたのに、後になって611条に基づき賃料の減額を請求して返還を求めることを認めると、貸主がいつ賃料の返還を求められるかわからない不安定な状態に置かれてしまうことも考慮要素として挙げました。何も言わずに減額前の賃料が払われていたのに、突然611条に基づき払いすぎた賃料を返還するよう請求できるとすると貸主はいつ賃料の返還を求められるかわからない、という点は、改正によっても変わらないと考えられるため、返還を認めない方向に傾きます。
事情ごとに必要な予防策も異なることから個別の判断が必要ですが、一つの例として、貸主としては、契約の際、建物に修繕が必要となった場合には速やかに通知をすることを具体的な義務として定め、この義務に違反したときは賃料の減額を請求できない、といった特約を定めることで、紛争を予防することが考えられます。
ポイント②
改正前・後、どちらの民法が適用されるかはどのように判断されるか。
改正前・後、どちらの民法が適用されるかはどのように判断されるか。
賃貸借契約については、原則として、改正後民法の施行日である2020年4月1日より前に締結された契約については改正前民法が適用され、同日後に締結された契約については改正後民法が適用されます。
では、施行日前に賃貸借契約が締結され、その更新が施行日後に行われた場合はどうなるでしょうか。
契約の更新というのは新たな契約の締結とは異なり、従前の契約が引き続いてされるものというイメージをお持ちの方が多いかと存じます。そのような考え方からは、更新がされたからといって、適用される条文が当然に変わる、とはいえないとも考えられます。
しかし、改正民法の起案担当者としては、このような場合には、施行日後に当事者の合意によって契約の更新を行うと、改正後民法が適用されることとなると考えていたようです。具体的には、上記の場合に、契約期間満了により改めて契約の合意をした場合や、自動更新条項により更新がされるような場合は改正後民法が、借地借家法によって更新がされる法定更新の場合は、改正前民法が適用されることになると考えられています。
このように、更新の取り扱いについては理論上疑義もありますが、賃貸経営上のリスクを回避する見地からは、起案担当者の考え方に従って実務運用をしている方が多いと思います。
では、施行日前に賃貸借契約が締結され、その更新が施行日後に行われた場合はどうなるでしょうか。
契約の更新というのは新たな契約の締結とは異なり、従前の契約が引き続いてされるものというイメージをお持ちの方が多いかと存じます。そのような考え方からは、更新がされたからといって、適用される条文が当然に変わる、とはいえないとも考えられます。
しかし、改正民法の起案担当者としては、このような場合には、施行日後に当事者の合意によって契約の更新を行うと、改正後民法が適用されることとなると考えていたようです。具体的には、上記の場合に、契約期間満了により改めて契約の合意をした場合や、自動更新条項により更新がされるような場合は改正後民法が、借地借家法によって更新がされる法定更新の場合は、改正前民法が適用されることになると考えられています。
このように、更新の取り扱いについては理論上疑義もありますが、賃貸経営上のリスクを回避する見地からは、起案担当者の考え方に従って実務運用をしている方が多いと思います。
終わりに
同じような事案であっても、個々の事情が違うため対応は異なります。
そのため、事案に応じた対応を考えていくことが必要不可欠です。そして、裁判例というのは、どのような事案が紛争となったのか、を知るうえでも参考になるものです。
賃貸物件の滅失等による賃料の減額について、紛争となりうることを裁判例から知り、適切な予防策をとることも重要ではないかと考えます。
そのため、事案に応じた対応を考えていくことが必要不可欠です。そして、裁判例というのは、どのような事案が紛争となったのか、を知るうえでも参考になるものです。
賃貸物件の滅失等による賃料の減額について、紛争となりうることを裁判例から知り、適切な予防策をとることも重要ではないかと考えます。
九帆堂法律事務所
弁護士 宮野 真帆
立教大学法科大学院修了
弁護士 宮野 真帆
立教大学法科大学院修了
以上