賃借人が水漏れ修理への協力を拒んだ際に、契約解除が認められるためのポイントについて
建物において、漏水は誰にでも起こりうる問題の一つです。しかし、漏水の生じている場所によっては、調査や工事のために賃借人の部屋に立ち入らなければならず、賃借人の協力が必要な場合があります。
協力が得られず、調査や工事が遅れることで、被害は拡大してしまいます。そのため、協力が得られなかったことを理由に、賃借人に対して賃貸借契約の解除を求めることができれば、建物の明渡請求に進む選択肢を検討することも可能となります。
今回は、賃借人の不協力を理由に①債務不履行及び②賃貸借関係の継続を著しく困難にするような行為(信頼関係の破壊)を認め、賃貸借契約の解除を認めた裁判例を紹介します。
本裁判例の被告となった賃借人が住む居室の階下にある部屋に生じた漏水について、賃借人居室側からの調査が必要であるにもかかわらず賃借人が協力しないという債務の不履行を理由に、賃貸借契約の解除等を求めた事案。(東京地判平成26年10月20日)
ポイント①
⑴ 漏水調査に協力しないことが債務不履行にあたるか
原則として、賃貸人は賃借人の許可なしに物件に立ち入ることはできません。
一方で、民法606条2項によって、賃借人は、賃貸人が行おうとする賃貸建物の保存行為に対する受忍義務を負っていると解されます。したがって、建物保存のための調査や工事を当該賃借人の賃借部分で実施する必要があるときは、賃借人は、正当な理由なくして自己の賃借部分への立入り等を拒むことができず、このような場合に立ち入りを拒否することは賃貸借契約上の債務不履行を構成しうることとなります。
⑵ 裁判所の判断
本件において裁判所は、業者による調査の結果賃借人居室側からの調査が必要と判断し、漏水が建物の維持・保全上看過できない事象であることは経験則上明らかであるから、その原因究明のための調査とそれを踏まえた修繕工事は、建物の保存に必要な行為と認定しました。そして、本件漏水に関して賃借人居室の立入調査が実施できていないのは、賃借人が正当な理由なくこれを拒絶しているためであり、このことは本件賃貸借契約上の債務不履行を構成する、と判断しました。
ポイント②
⑴ 賃貸借関係の継続を著しく困難にするような行為とまでいえるか
原則として、債務の不履行(ポイント①)があった場合には契約の解除ができることとされています(民法541条本文)。しかし、一度で終わる売買などと異なり、賃貸借契約は当事者同士の信頼関係を基礎として継続的にされるものであるため、ささいな債務不履行があっても解除はできないとされています。
賃貸借契約においては、賃貸借契約の継続中に、当事者の一方に、その信頼関係を裏切って賃貸借関係の継続を著しく困難にするような行為があった場合には、相手方は、賃貸借を将来に向かって解除することができるものと解しなければならない(最判昭和27年4月25日に同旨)とされています。すなわち、賃貸借関係の継続を著しく困難にするような行為(ポイント②)があると認められるかによって、解除できるか否かが決まることとなります。
⑵ 裁判所の判断
賃借人の対応は、何ら合理的な理由のない独善的な不信感からされた本件漏水についての調査拒絶という不合理なものである一方、賃貸人らの対応は、賃借人から指摘された調査の結果や、本件漏水の具体的状況を賃借人に伝えるとともに、訴訟提起の可能性も警告し、漏水の発生していた205号室の賃借人からも漏水対策の実施を強く求められていることを伝え、事態の切迫性を訴えており、賃貸人としてなすべき努力を十分に尽くしていたと評価できるとし、賃借人が、本件漏水とは全く関係のない本件居室の設備等の修繕の完全実施を漏水調査への協力の条件とするかのような返答をした段階において、賃貸人らと賃借人との信頼関係は破綻されるに至ったというべきである、として、賃貸借関係の継続を著しく困難にするような行為があったと判断しました。
賃貸借契約の解除を認めることは、賃借人が住む家を失うことでもあるため、裁判所は解除については慎重な判断をしており、信頼関係の破壊は認められ難いのが現状です。
本裁判例において裁判所は、㋐賃貸人は客観的な証拠・状況を真摯に伝え、立ち入り調査の必要性を十分に伝えるなど合理的な対応をしているのに、㋑賃借人の対応は合理的ではない、などとして信頼関係の破壊を認めました。
逆に㋐´賃貸人が合理的な対応をせず㋑´賃借人が合理的な対応をしている場合、例えば、㋐´賃貸人が客観的な証拠や必要性を示さずに調査のため立ち入りたいと伝えたところ、㋑´従前から漏水以外もトラブルが生じており、その交渉について賃貸人が合理的な対応をしていないことや、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言がでているなど調査を断ることが不合理とは言えない事情があること、を理由に断られたような場合には信頼関係の破壊まで認められるとはいえない、という判断がされうると言えます。
具体的な事例において信頼関係破壊が認められるかについては、裁判においては裁判所が判断することになるところ、裁判例というものは裁判所の判断を予想する手がかりとして重要なものとなります。本裁判例において、単に漏水調査に応じない、というだけではなく、そこに至るまでの経緯、賃貸人の対応、賃借人の対応、などを総合的に考慮して信頼関係の破壊が認定されたことから、類似の事例においても信頼関係破壊が認められる可能性があることを示した点で、本裁判例は参考になると考えられます。
以上
九帆堂法律事務所
宮野真帆